初めての入院(11日目から20日目まで)


11日目 <11月20日(木)小雨>

朝8時前に家内が迎えにくる。帰宅するとまずシャワーに入る。先週の土曜日以来のシャワーは気持ちがいい。その後、今日は次男のお誕生日会を幼稚園でやるとのことなので、家内と一緒に見に行く。次男は「将来何になりたいですか?」という先生の問いに対し、ハキハキと「新幹線の運転手さんになりたいです」と答えていた。

帰宅後、パソコンをチェック。病院で書いていたHPもアップした。いろいろやっているうちに時間は2時に。電話をして3時まで外出許可を延長してもらった。

病院に戻った後は月刊文芸春秋を読み、HPの掲示板に対する答えなどを書いて過ごす。

夜A先生との面談。土曜日の検査が終わるまで、明日からの食事開始は見送ることに。まあその方が検査もし易いだろうし、いいだろう。

TVチャンピオンの木工おもちゃ選手権と男子バレーを見る。

12日目 <11月21日(金)晴れ>
今日は長男も次男もお稽古がないので、いつ来るかいつ来るかと待っていたが、6時になっても来ないため、「もう来なくていい」と電話をする。

13日目<11月22日(土)晴れ>
ついにK大病院での小腸造影検査の日。これで結果が良ければ月末にでも退院できる。

朝6時ごろ起きてテレビを見て過ごす。家内との待ち合わせ時間7時半に合わせて、その10分前に点滴のコードを巻き取ってもらい、腕につける。約束の時間を過ぎても家内が来ないので、電話を掛けると例によって遅刻。一人で行くことも頭をよぎったが、玄関から出ようとしているところだったというので、その言葉を信じて、病院出口で待つ。7時50分頃家内が到着。タクシーで市川駅へ行き、K大病院へ。

窓口で受付をし、放射線科で待つこと30分ぐらい。9時半頃から検査が始まる。恐れていた鼻から管を入れるということもなく、バリウムを口から飲む。これまでの大腸内視鏡や胃カメラに比べたら、楽だ。と思ったが、結構検査時間が長い。小腸は長さが長いので検査に時間がかかるのかも知れない。途中から検査技師(医師?)がすぐ横にモニターを持って来て、お腹を色々押しながらレントゲンを撮っていく。小1時間かかったようだ。

検査が終わると直ぐに検査技師から「小腸に3箇所それぞれ30cmぐらいの潰瘍があった」ことが告げられ、よく映っているという2枚の写真を持ち帰ることに。

ちょっとショックであったが、まああれだけ痛かったのだから何もないというのも可笑しいだろう、という程度の気持ちであった。

会計を終え、途中で昼食が食べたいという家内とJR市川駅にあるシャポーで分かれ、家内は昼食、私は本屋へ。そこで「大腸の病気Q&A 」という本を購入する。クローン病についての記述はほんの1ページだったが、それでもないよりましだった。☆☆

帰りはバスで2時前に病院へ戻ると、A先生が外来診察後に話をしたいとのこと。

レントゲン写真の潰瘍部分を示しながら、一通りの説明をした後、私が「クローン病ではないという可能性はあるか」と聞くと「この縦走潰瘍はクローン病に特徴的な潰瘍であり、レントゲン医師の所見なども見ないと総合的な診断は下せないが、まずクローン病と考えて間違いない」と断言されてしまった。

ショックではあったが、仕方がない。私が「もしクローン病だとしたら今後の治療法の選択は?」と聞くと、今回は初めての入院ということもあり、ゆっくり治療したいとのこと。具体的には最初栄養液を鼻から入れる訓練をし、栄養液と食事のカロリーが半々となったぐらいが、退院の目安だとのこと。時間的にはあと1ヶ月ぐらいかかるとの意見であった。後1週間ぐらいで退院できるなどと考えていた私は病名よりもこちらのほうがショックであった。家内もショックらしく、涙目に。。。

とりあえず月曜日が休日のため、火曜日にもう一度CTを取り、小腸造影の詳しい報告と共に、火曜日に夜に話をすることになる。また明日日曜日の外出許可も貰う。外泊はもとより、外出時間の目安は点滴1回分、6時間とのこと。

夜、家内が帰った後、突然吐き気を催したため、看護婦さんに言うとA先生が戻ってきた。念のため、レントゲンを撮ることになる。レントゲンを見るとバリウムはほとんど大腸にしか残っておらず、なぜだろうということに。結局下剤を飲んでバリウムを全て出すことになったため、大腸検査のための準備に使うという下剤を飲む。

買ってきた本を読み、テレビを見て過ごした。大食いは胃が人よりも膨張するとのこと。すごい。

点滴のため、いつも夜中何度もトイレに起きるのだが、今日は下剤を飲んだ効果で1時から2時ごろまで何度もトイレに駆け込んだ。丁度眠いときで不快だったが、何とか全てのバリウムを出すことに成功。

14日目<11月23日(日)小雨>
また家内は遅刻。約束の8時には現れず、15分過ぎに。

昨夜に続き、なんだか胃のあたりがむかむかするし、頭もくらくらする。一瞬帰宅を止めようかと思ったが、クローン病について調べるのに公衆電話では時間とお金がかかり過ぎると思い、予定通り帰宅することにする。

家へ帰ると例によってパソコンのチェック。

10時過ぎに母が訪問。母の水泳友達にやはりクローン病の人がいたとのこと。その人は社会保険中央病院高添正和医師にかかっているとのこと。

パソコンチェックが終わるとシャワーを浴び、急いで2階へ行き、メールチェックとクローン病に関する書籍を探し3冊購入する。またクローン病に関するHPも幾つかチェックして印刷した。母の友人がかかっている高添医師はどうやらこの分野で第一人者であるようだ。クローン病や潰瘍性大腸炎についてのHPをつくっているJFCCの主要メンバーのようだし、IBD Newsの発刊に際しての言葉もこの人が書いている。

あっという間に予定の3時を過ぎた。母と家内と車で病院に戻る。家内と母と昨日のテレビの話(大食い)や老人ホームの話で盛り上がり、4時半過ぎに母を家内が送っていく。

夜は会社のメールを見たり、週刊新潮やオール読み物を読む。オール読み物に出ていた奥田英朗の「教授のズラ 」は面白かった。この人は推理小説で有名だそうだが、こういったユーモア小説もめちゃくちゃ面白い。☆☆☆☆☆。

テレビは脱サラして漁師になった人の話を見た。あれだけ一日中働いて良い時で3万円、もちろん経費は別というのは過酷な職業だなと思った。奥さんの協力もすごい。凄すぎ。むしろその後に出てきた鴨川漁協で漁師をやっている人の方が月収35〜40万と収入も安定していて良いと思う。でも損得じゃあないんだろうな。

15日目<11月24日(月)曇り>
今日は朝からクローン病関係の小冊子やインターネットでプリントアウトしたものを読み始める。で読み終わる。その後お昼を跨いで溜まっていた先週金曜日分からの日記と会社関係のメール処理に追われる。

会社のメール処理を一通り終わらせるとすっかり手持ち無沙汰に。オール読み物を読む。

夜は寅さんを見る。何が面白いって言うわけではないんだけど、見ていてホンワカするという感じの映画だった。

点滴を刺していたところに痛みを感じてきたので差し替えて貰う。また何度も針を刺されるのではないかと心配であったが今回は一発でOKであった。

16日目<11月25日(火)雨>
朝、3本採血する。今日はこの他にもCT、腹部レントゲンと検査が続く。

先日アマゾンマーケットプレイスでオーダーしたクローン病関連の本が早速届いた。

CTの予約は12時20分だったのに早くも11時には呼ばれた。前回CTをした時には感じなかったが、造影剤を入れるときに体が熱くなり、やな感じ。同時に便意も感じた。その後は腹部レントゲンを撮る。いいかげんなレントゲン技師。おまえはやる気がないのか!

午後から高村薫の「李歐」 を読み始める。面白いのであっという間に3分の2を読んでしまった。☆☆☆☆

夜、A先生から話がある。K大病院からの所見もクローン病とのことであった。30cmぐらいの間に3箇所の縦走潰瘍があるとのこと。CTや腹部レントゲンからも腸閉塞の症状は出ていないが、その部分は狭窄になっており、食物が通る時に音がしたのはそのせいだとのことである。治療としては栄養療法であるエレンタールと薬物療法との組み合わせに。栄養療法については機材の調達をどうするかなど決まっていないので、取り合えず機材が調達できるまではそのまま飲む事に。機材が調達出来次第、鼻からチューブを入れる方法にする。また薬物治療については、明日からメサラジン(商品名ペンタサ錠)という抗炎症剤とエレンタールを呑み始めることになる。看護婦さんが夜、早速メサラジンを持ってきた。明日の外出許可を貰う。

テレビはさんまのバラエティと伊東家の食卓を見る。さんまのバラエティは面白く思わず笑い声が出てしまう。

17日目<11月26日(水)快晴>
朝、家内が迎えにくる。。

次男が遊び食べをしているので食べさせてやり、幼稚園に送り出す。

この前おもしろかった奥田英朗の本をアマゾンやヤフーで探す。ヤフーで2冊、イージーシークで1冊購入し、1冊オークションに入札した。

帰ってきてから「李欧」の続きを読み、上司に近況報告のメールを書いていると、看護婦さんがエレンタールを持ってきた。バナナ、りんご、オレンジ、パインの中なら看護婦さんが薦めたパインを選ぶ。300mlを6時間かけて飲む事に。3時半から飲み始めたので飲み終わるのは9時半。多少多めに飲めば消灯時間の9時には飲み終わるだろう。

A先生と話す。明日テルモの人がポンプの使い方の説明に来ることになったとのこと。したがって明日から鼻にチューブを入れてそれを通じてエレンタールを流し込むことになる。

最初の200mlは何でもなく、「なんでこれが飲みづらいんだろう」なんて思いながら、すっすっと飲んでいたのだが、それを超えたら気持ちが悪くなってきた。結局50mlほどを残して、消灯時間に就寝。

寝る直前の9時とその1時間後の10時に下痢が起こる。エレンタールは浸透圧が高いため、最初は下痢になりやすいとのこと。翌朝起きたときにも便意を感じ、トイレに行ったがやはり下痢だった。

夜のテレビは民放でやっていた地震についての番組を見た。地震予知は民間レベルでさまざまな方法がすでに考案されており、ギリシャや中国ではその予知に基づいて、建物が崩壊するような大きな地震だったにもかかわらず、死者がゼロなど被害を食い止められたことが、紹介されていた。また関東で地震があった場合、江東区や江戸川区など東京の東が地盤が弱く、断層も近くにあり危険だと指摘されていた。うちも地盤が弱いことを考えると液状化などの不安がある。今更いかんともし難いが。

18日目<11月27日(木)晴れ>
午前中は会社にメールや電話をしていた。

午後は家内とテルモの人からエレンタールの供給量調整ポンプの使用説明を受ける。その後看護婦さんに教わりながら、鼻からチューブを入れ、4時半からエレンタールの補給を開始。コツとしては最初にチューブを入れるときに上を向いて咽喉部分でチューブが曲がりやすくすることだと思う。そして咽喉にあった時に飲み込むこと。チューブを入れると鼻水が止まらなくなる。やっぱり鼻に異物が入っているわけだから、仕方がない。また動くとチューブも多少動くため、鼻や咽喉に違和感を感じる。

この日から点滴はアミノフリード500ml、210kcalを3パックに。

今日から大沢在昌の「暗黒旅人」 を読み始める。この人の本はほとんど全て読破したが、何時も新鮮な驚きがあり、作品の質が常に高いのは凄い。☆☆☆☆

夜A先生と話す。今後のスケジュールとしては明日、もう一度今日と同じく50ml/hで300ml(1パック)いれ、明後日(土)には速度を倍の100ml/hで1パック入れ、日曜日は同じく100ml/hで1パックか、調子がよければ2パック、それ以降は3、4、5パックと毎日増やしていけるとのこと。

夜はメールチェックとテレビ。テレビは萩原健一がゲストのうたばんと常識なんとかとかいうものを交互に見た。萩原健一はかっこいいと思う。
エレンタールが終わる10時半まで起きていようと思ったが、寝てしまったようだ。

看護婦さんに起こされ、鼻からチューブを抜いた。途端に便意を催し、それからほぼ1時間毎5回下痢に襲われた。眠いのになあ。

19日目<11月28日(金)曇り> 
昨日1時間毎にトイレに起きた関係で今日は7時半頃まで寝ていた。その後メールチェックをして、新聞を読み、日記を書く。

エレンタールは2時半からスタート。今日は咽喉でチューブが絡まってしまい、一度目は失敗。2度目でちゃんと入れられた。まだ50ml/hなので6時間後の8時半まで。

家内が保健所に行って、特定疾患研究治療費申請を貰ってきたのだが、月に一度の審査は来月3日とのこと。先生に診断書を至急もらうよう頼まなくては。

昨日から読み始めた暗黒旅人を読了。

夜、先生と話が出来る。月曜の朝までには出来るとのこと。

テレビはあまり面白いのがなかった。

20日目 <11月29日(土)雨> 
昨日は一度も夜中便意を催さなかったのだが、尿意は何回かあり、相変わらず寝不足な感じ。家内が朝迎えに来て、一時帰宅する。

パソコンのチェックに11時ごろまでかかり、その後クローン病関係のHPを探す。

そのなかで面白そうなHPをプリントアウトして病院に持ち帰る。

2時半頃病院に戻り、3時からエレンタール。今日は一回でスムーズに鼻からチューブを入れることができた。もうぜんぜん平気である。毎日やるのは面倒かもしれないが、要は習慣だからね。今日から100ml/hなので3時間、6時で終わる。7時頃から2回トイレへ。下痢。看護婦さんから封印された診断書を渡された。これとは別に月曜日に申請書を渡すとのこと。変だけど。

その間自宅でプリントアウトしてきたものを読む。ショックだったのは先月から施行された新しい制度により、軽度と診断された場合、クローン病でも3割負担になってしまうということ。書類を提出する前にA先生には一言言っておかねばなるまい。夜、入院して初めてテレビを見なかった。

つづき

Home

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送